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ボクシング世界チャンピオン長谷川穂積

僕が一番好きなボクサー長谷川穂積さんをご紹介します。

3階級制覇を成し遂げた元世界チャンピオンです。
バンタム級では10度の防衛に成功しました。
鮮やかなカウンターとフィニッシュ時の高速連打が魅力のボクサーです。

ボクサー長谷川穂積が誕生するまで

元プロボクサーの父から教わる形で小学校2年生の時にボクシングを始めます
厳しさから反発をし、中学校では卓球部に所属していました。
市の大会では優勝してこともあるようです。

高校に入ると後の奥さんとなる泰子さんと知り合います。
(高校は中退し後に定時制の高校を卒業)
泰子さんと同棲するときに父親に出された条件がボクシングを本格的にやること。

奥さんとの出会いがボクシングに戻るきっかけになったのです。ドラマチックですね。

1回目のプロテストは体調不良とスタミナ不足により不合格。
2度目で合格し、プロボクサー長谷川穂積が誕生することになるのです。

長谷川穂積の戦績

全戦績:41戦36勝(16KO)5敗 勝率87% KO率44%
世界戦戦績:16戦13勝(8KO)3敗 勝率81% KO率61%

長谷川選手はアマチュア経験もなく、ボクシングエリートではありませんでした。
デビュー5戦目までの戦績は「3勝2敗KO勝ちなし」
誰も世界チャンピオンになるとは思っていなかったでしょう。
本人ですら、日本ランカーにすらなれないと思っていたそうです。

当時はまだあまりボクシングを好きではなかった穂積さんですが、
結果がついてくると周りから評価され、いつしかボクシング中毒になっていきます。

6戦目以降は負けなしだった長谷川選手。
2002年10月27日、まだノーランカーながら、当時の日本バンタム級4位の熟山竜一選手に3-0の判定勝ちを収めて注目を集めるようになります。

東洋太平洋(OPBF)タイトルマッチ

まだ日本タイトルも獲っていない長谷川選手にチャンスが訪れます。
アジアチャンピオンを決めるOPBFのタイトルマッチです。

元々出る予定の選手がバイク事故のため欠場となりチャンスが回ってきたのです。

2003年5月18日、ジェス・マーカ(フィリピン/42勝(17KO)17敗5分)に対して、
2-1の判定勝ちで勝利を収め、OPBF東洋太平洋バンタム級王座を獲得します。

何かを成し遂げる男は巡ってきたチャンスを確実にものにします

この勝利により、無名だった男の視界に世界への扉が見えてきたのです。

世界挑戦権獲得

東洋太平洋王座は3度防衛したあとにタイトルを返上します。

2004年10月30日当時WBA4位の鳥海純選手と世界挑戦権をかけて対戦。
10R判定で勝利し、WBCバンタム級王者のウィラポンへの挑戦権を獲得するのです。

世界初挑戦

世界初挑戦の相手はタイの英雄ウィラポン。
ウィラポンは日本のボクシングファンにも有名なチャンピオンでした。

あの日本ボクシング界のカリスマ”辰吉丈一郎”を2度もキャンバスに沈めた男だからです。
さらに”西岡利晃”の挑戦も4度退けていました。

僕は西岡選手とウィラポンの試合は2度ほど会場で観たことがありました。
その強さは疑いようがなく、いつも冷静なその戦いぶりは同じ人間とは思えなかったほどです。

当時の”長谷川穂積”はまだ無名でした。
世界戦は欠かさず観る僕でも鳥海に勝った選手という認識しかなく、
ウィラポンに勝てるわけがないと思っていたのです。

予想に反して試合の序盤は長谷川が優勢でした。
中盤はウィラポンが王者の意地を見せ、盛り返します。
終盤はスタミナが切れつつあるウィラポンを長谷川が攻め立て、
ウィラポンをグラつかせました。

壮絶な打ち合いを制し3-0の判定で長谷川穂積は王者奪取に成功したのです。
大方の予想を覆し、初挑戦にして世界チャンピオンになりました。

この試合は2005年度年間最高試合に選ばれています。

WBCバンタム級王座2度目の防衛戦

初防衛戦をクリアした長谷川が迎えた2度目の防衛戦はウィラポンとのリマッチでした。
1度目の対戦のときはウィラポンは長谷川をナメていて、油断していいた面もあったと思います。

2度目の今回はウィラポンにとっても負けられない戦いで、本気で仕上げてきています。
長谷川にとっては真価が問われる試合となりました。

試合はラウンドが進むにつれて長谷川ペースに。
6回にはウィラポンをダウン寸前まで追い込みます。

迎えた9ラウンド。
長谷川の右フックがカウンターでキレイに決まります。
崩れ落ちるウィラポン。

ウィラポンは必至で起き上がらろうとしますがダメージが大きく、
レフェリーが試合をストップ。TKO勝ちで長谷川がウィラポンを返り討ちにするのです。

ウィラポンが膝から崩れ落ちる姿は衝撃でした。
あの伝説のチャンピオン”ウィラポン”から鮮やかにKO勝ちを収めた”長谷川穂積”

僕はこの試合で完全に長谷川穂積のファンになりました。

WBCバンタム級王座4度目の防衛戦

2007年5月3日、3度目の防衛戦でランキング1位の指名挑戦者ヘナロ・ガルシア(メキシコ/35勝(20KO)4敗)を退けた長谷川。判定勝ちでしたがダウンも奪い内容は完勝でした。

すっかりファンになっていた僕は、4度目の防衛戦を現地観戦します。
対戦相手はWBC世界4位のシンピウェ・ベチェカ(南アフリカ/16勝(9KO))でした。

3-0の判定で勝ったもののダウンや見せ場もなく、正直つまらない試合でがっかりしました。バンタム級時代の世界戦でワースト1位の試合内容だったと思います。

所属ジムの移籍

2007年9月20日、長谷川を指導する山下正人トレーナーが千里馬神戸ジムから独立し、真正ジムを立ち上げました。それと同時に長谷川も真正ジムへ移籍することが発表されました。

4度目の防衛戦はジムの移籍問題もあり、試合に集中できていなかったのかもしれません。

WBCバンタム級王座5度目の防衛戦

ジムの移籍問題もあり、8ヶ月ぶりに迎えた5度目の防衛戦は、欧州バンタム王者でありWBC世界同級1位のシモーネ・マルドロット(イタリア/26勝(9KO)1敗)が対戦相手でした。

長谷川は序盤で右目上を大きくカットするアクシデントに見舞われながらも3-0の判定で勝利を収めます。

WBCバンタム級王座6度目から10度目の防衛戦

2008年6月12日、6度目の防衛戦でWBC世界同級9位のクリスチャン・ファッシオ(ウルグアイ/14勝(9KO)2敗)を2回TKO下したのを皮切りに長谷川穂積のKO防衛街道がスタートします。

7度目の防衛戦では、WBC世界同級2位のアレハンドロ・バルデス(メキシコ/21勝(15KO)2敗1分)を2回TKOで撃破。

8度目の防衛戦では、ランキング1位の指名挑戦者ブシ・マリンガ(南アフリカ/18勝(11KO)2敗1分)を初回TKO。

9度目の防衛戦は、ランキング4位ネストール・ロチャ(アメリカ/21勝(7KO)1敗)を初回TKOで下します。

10回目の防衛戦は、ランキング10位のアルバロ・ペレス(ニカラグア)を破ります。

この頃の長谷川穂積はキレキレで、誰にも負けないんじゃないかとファンは思っていたでしょう。そして、世界的に名が知られているファイターとのビッグマッチを待ち望んでいました

WBCバンタム級王座11度目の防衛戦

2010年4月30日、日本武道館で11度目の防衛戦。僕はこの日会場にいました。
対戦相手は、WBO世界同級王者フェルナンド・モンティエル(メキシコ)。

モンティエルはWBOで3階級(フライ級、スーパーフライ級、バンタム級)制覇を達成しており、世界的にも名が知られているボクサーです。

当時のWBOはJBC非公認の団体だったため、
長谷川が勝った場合はWBC王座防衛のみ、
モンティエルが勝った場合はWBC・WBO王座統一
という変則ルールで行われることになりました。

変則ルールではありましたが、事実上の世界王座統一戦です。

初回からヒリヒリとした緊張感が会場全体を包んでいました
世界最高峰のフェイントの掛け合い、主導権争いがそこにあったのです。

長谷川選手は試合中何度か笑みを浮かべていました。
これまでの相手とは違う強さを感じ、純粋にボクシングが楽しかったんだと思います。
それが観客にも伝わってきました。

試合はやや長谷川優勢で進んでいきます。
しかし、4ラウンドの終了間際のことでした。

モンティエルの右フックが長谷川の顔面を捉え、グラつく長谷川。
モンティエルは連打で試合を決めに来ます。

ロープ際でなんとか立っている長谷川。
あと数秒で4ラウンドが終わるというところでレフェリーが試合を止めました。

まさかのTKO負けです。
会場中か静まり返りました。

負けてしまいましたが、僕は会場で生で観れて良かったと今でも思っています。
あんなヒリヒリした世界最高峰の駆け引きはなかなか見れるものではありません。

この試合は2010年度ボクシング年間表彰で年間最高試合賞を受賞しています。
負けてしまったが素晴らしい試合だったという評価は専門家も同じだったのです。

フェザー級に転向

モンティエル戦で被弾したパンチで長谷川の顎は骨折していました。
入院と手術を経て退院した長谷川はモンティエルとの再戦を希望します。

しかし、モンティエル陣営との交渉は難航。
モンティエル側からしたら再戦のメリットはなく、負けるリスクしかないのですから、当然といえば当然です。

モンティエルとの再戦を断念した長谷川陣営は、フェザー級転向を表明します。
もともと長谷川はバンタム級では減量が厳しく、フェザー級が適正階級だと考えていたのです。

WBCフェザー級王座決定戦

2010年11月26日、名古屋市総合体育館(日本ガイシホール)に僕は駆けつけました。
飛び級での2階級制覇に挑む長谷川選手の試合を観戦するためです。

長谷川選手には癌で闘病中の母がいました。
母の治療費を稼ぐこともボクシングをするモチベーションになっていたのです。

その母は残念ながら試合の1ヶ月ほど前に他界。
長谷川選手は後に、この試合に対する意気込みをこのように語っています。

ちょうど母(裕美子さん、享年55)が亡くなって1ヵ月でした。これで負けたら、母が死んだのは僕のせいや、試合で負けたら母の死は無駄になってしまう。全然関係ないけど、僕の中ではそうだったんです。負けたら、ほんまに自殺しようかな、というくらいの気持ちやったんです。
引用:長谷川穂積 世界3階級を制した最強ボクサー「王者の引き際」 週刊現代

死ぬ覚悟があるほどとは知りませんでしたが、相当の覚悟を持った試合であることはファンでも分かりました。現地で応援せずにはいられません。

この試合は空位となった王座を決定する試合。勝利した方が新チャンピオンです。
相手はランキング1位のファン・カルロス・ブルゴス(メキシコ)でした。

ボクシングの2階級はたった数kgの差ですが、パンチ力にはものすごい差があります。
一気に2階級上げた長谷川選手の戦い方は明らかにバンタム級時代のものとは違いました

ただ、それは階級を上げたということよりも母への思いがそうさせたのです。
この試合は気持ちだけでした。長谷川選手の勝利への気迫が相手を追い詰めました

結果は3-0の判定勝ち。
見事に飛び級での2階級制覇という偉業を成し遂げるのです。

僕は試合後、涙しました。
長谷川選手の思いが伝わってきたからです。

気づいたら
「穂積ありがとうーーー!!!」
と叫んでいました(笑)

長谷川選手自身、引退後にこの試合がキャリアの頂点。最高の瞬間。
あれ以上の達成感を味わうことはないとおっしゃっています。

僕は、その場に立ち会えたことを嬉しく思います。

WBCフェザー級王座初防衛戦

2011年4月8日、神戸ワールド記念ホールに僕はいました。
長谷川選手のフェザー級王座初防衛戦を観戦するためです。

相手は指名挑戦者で元WBO世界バンタム級王者でもあるランキング1位のジョニー・ゴンサレス(メキシコ)です。世界的にも名が知られているボクサーです。

初回から打ち合いとなり、ゴンサレスの強打に押される長谷川。
4ラウンドに右フックでダウンを喫し、そのままレフェリーストップとなりました。

ブルゴス戦で燃え尽きていた長谷川選手は、気持ちを作れないまま初防衛戦を迎えていたのです。

激闘を制して獲得したフェザー級のベルトをあっさりと手放すことになってしまいました。

「長谷川も引退か・・・」

この敗戦を観た多くの人がそう思ったでしょう。
でも彼は辞めませんでした。

スーパーバンタム級に転向

ゴンサレスに敗れてからは、ノンタイトル戦を2戦していた長谷川。
フェザー級とスーパーバンタム級の両睨みでチャンスを窺っていました。

2013年2月20日付けでスーパーバンタム級への転向を表明します。

IBF世界スーパーバンタム級王座に挑戦

スーパーバンタム級に転向後ノンタイトル戦を2戦挟んでいた長谷川穂積。
ジョニー・ゴンサレスに敗れてから3年が経過した2014年4月23日、ようやくチャンスが回ってきました。

大阪城ホールにてIBF世界スーパーバンタム級王者キコ・マルチネス(スペイン)に挑戦します。勝っても負けても引退になる可能性が高いと思っていた僕は現地にいました。

相手のパンチを被弾することが多く、序盤から劣勢だった長谷川。
全盛期の面影はなく、7ラウンドでTKO負けを喫します

顔面血だらけの姿をみた僕たちファンはこう思いました。

「もういい。よくやった。身体が壊れる前に引退してくれ。」

後に長谷川選手はこの試合についてこう語っています。

「早く世界戦がしたい。そう思い続けても全然決まらなかった。それがやっと実現した。『よかった、やっと決まった』とうれしくて。リングに上がった瞬間、気持ちが切れたんです。試合が決まったことで、どこか集中の糸が切れてしまった。試合中、すごい無気力で。『しまった』と思っても、もうどうにもならない。『違うだろ、試合が決まって喜ぶんじゃない。勝って喜ばなきゃ』って、試合中に考えてました」
引用:長谷川穂積、引退から3ヵ月後の心境。「現役じゃないけど一生ボクサー」 Sportiva

現役続行を表明

スーパーバンタム級王座奪取に失敗して以降、進退を保留にしていた長谷川。
大方の予想を覆し、現役続行を表明します。

ノンタイトル戦を挟みながら世界戦のチャンスを待ちました。

WBC世界スーパーバンタム級王座挑戦

2年ぶりの世界戦が決まりました。
2016年9月16日、大阪府立体育会館に僕はいました。

今度こそ勝っても負けても引退だろう。
ファンとして最後の試合を見届けたい。
そんな気持ちでした。

対戦相手はWBC世界スーパーバンタム級王者ウーゴ・ルイス(メキシコ)
長谷川より6歳若い2階級制覇チャンピオンです。

戦前の予想は長谷川不利。
正直なところ僕も勝利は厳しいのではと思っていました。

長谷川選手はベテランらしい戦い方をしました。
時折打ち合うと歓声が上がる一方、
「それはダメだ!打ち合うな!」という声も聞こえてきました。
フェザー級に階級を上げて以降、打ち合いで打ち負けて倒れるというシーンをファンは鮮明に覚えているからです。

打ち合わずにコツコツ当てて、ポイント取っていければ、もしかしたら勝てるかも。
そんな期待を少し抱かせるような試合展開でした。

ただ、パンチ力は圧倒的に相手が上です。
打ち合いになるとヒヤヒヤします。

そして9ラウンド。
ルイスのパンチが長谷川の顔面を捉え、足元がグラつきます。

今のは効いた・・・
でも長谷川は引くどころか前に出ました。

バンタム級の全盛期を思い出すような連打でした。
その長谷川の気迫に少しずつ交代するルイス

ロープ際まで押し込まれていた長谷川は、
気づけばリング中央までルイスを押し返していました。

次のラウンド、ルイスは立ち上がりません。
陣営から棄権が申し入れられ、長谷川のTKO勝ちとなったのです。

会場は総立ち。大歓声に包まれました。
最後に長谷川穂積という男の底力を見せつけられました。

気迫が王者を勝ったのです。

長谷川穂積 引退

2016年12月9日、神戸市内で記者会見を行い、現役引退を発表しました。
王者のまま引退する。最高の引き際だったと思います。

正直、ジョニー・ゴンサレス負けたとき、
そして、キコ・マルチネスに負けたときに引退すると思っていました。

あまり晩年を汚さずに現役を退いてほしい。
そう思ったファンは僕だけではなかったと思います。

まさか35歳になって王座に返り咲き、3階級制覇をしてしまうとは!!!
ドラマよりもドラマみたいなボクシング人生ですね。

長谷川穂積の現在

長谷川穂積さんは引退後の現在も、現役時と同じ練習をしているそうです。
その理由は次のように語っています。

トレーニングは『長谷川穂積』をキープするためです。ボクシングに大きくしてもらったので、より近くにいないと僕でなくなってしまう。

僕はボクシング以外、本当に適当なんです。部屋は片づけないし、家のこともやらない。でもボクシングだけは絶対にちゃんとやる。それが心の支えになっている。だから練習する。現役復帰も、しようと思ったらいつでもできます。
引用:長谷川穂積 世界3階級を制した最強ボクサー「王者の引き際」 週刊現代

練習以外では主に以下の活動をされているようです。

  • ボクシング中継の解説
  • 東京医療学院大学特任講師
  • ボクシングジムの経営
  • タイ料理屋の経営

長谷川穂積のジム

「長谷川穂積フィットネス&ボクシングジム」は、プロボクサーの育成ではなく、
フィットネスを目的としたジムみたいですね。
参考 長谷川穂積フィットネス&ボクシング H.H FITNESS&BOXING長谷川穂積フィットネス&ボクシング

長谷川穂積が卓球選手に!?

2018年3月、中学時代に市で優勝した実力を生かして「東京卓球選手権」に出場しています。

卓球の経験が実はボクシングにも生きているみたいですね。
動体視力が鍛えられたと本人が発言していました。

「東京卓球選手権」の対戦相手や結果は以下の記事に書いてあります。
参考 長谷川穂積が東京卓球選手権に出場してみた!猛特訓3カ月も小遊三師匠に…デイリースポーツ

まとめ:ボクシング世界チャンピオン長谷川穂積

今回の偉人紹介は”ボクサー長谷川穂積”でした。

長谷川穂積さんがここまで結果を残せたのは”気持ちの強さ”があったからだと思います。
3階級制覇した試合の1ヶ月くらい前に親指を骨折して手術をしていたことを試合後に明かしています。

完治しないまま試合を迎えて勝ってしまうのですから、人並外れた精神力ですよね。

偉人は生まれ持った才能もあるかもしれません。
ただ、それ以上に気持ちの強さを持ち合わせています。

凡人の僕たちも偉人からパワーをもらい、継続する力に変えたいですね。

注意
本記事は僕の記憶と以下の記事を参考に執筆しました。
事実と異なる点等がありましたらご指摘ください。すぐに訂正させていただきます。

本記事の参考資料

参考 長谷川穂積Wikipedia 参考 元プロボクサー 長谷川穂積 ~チャンピオンが貫いた、ブレないスタイルSPAIA 参考 〈長谷川穂積〉「自分に勝つ」のは簡単だ。誰にでもできる〜WBC世界スーパーバンタム級王者STAGE(ステージ)〜人生の舞台で輝くためのライフスタイルマガジン〜 参考 長谷川穂積が選ぶベストバウト。「日本武道館が水を打ったように…」集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva